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ニコラス・ヒアコボーネ

脚本家 · 知られているのはDIGGER/ディガー, バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

1975年、アルゼンチン出身。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の「BIUTIFUL ビューティフル」(10)で、同監督とアルマンド・ボーと共同で脚本を執筆し、スペインのゴヤ賞やシネマ・ライダーズ・サークル賞、米サテライト賞の脚本賞にノミネートされる。ボーがメガホンをとった「The Last Elvis(原題)」(12)でも、ボーとともに脚本を担当。そして、イニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(14)の脚本にも携わり、アカデミー賞をはじめ、ゴールデングローブ賞や放送映画批評家協会賞などで脚本賞を受賞した。イニャリトゥ監督がメガホンをとるTVシリーズ「The One Percent(原題)」(15)にも制作総指揮・脚本として名を連ねる。

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山下 亨

ONE OK ROCKを結成する前は、現在のベーシスト・小浜良太(RYOTA)とヒップホップグループHEADSで活動していた[1]。二人は幼なじみであり、2005年に堀越高等学校に通学中に先輩のAlexと出会い、ONE OK ROCKを結成した。当時は団長として、セカンドギタリストおよびボーカルを務めており、森内貴寛(現・Taka)の歌唱を聞いた際、彼をスカウトしてメインボーカルとして迎えた[2]。その後もTakaと共にバンドの主要な作詞・作曲を手がけている。2009年、Alexが個人的理由で脱退した後は、バンドのファーストギタリストを引き継いだ[3]。 2021年12月28日、Instagramにて女優の大政絢との結婚を発表した[4]。

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シドニー・ルメット

監督 · 知られているのは十二人の怒れる男

フィラデルフィア生まれ、ニューヨーク育ち。父は俳優で母はダンサー。子どもの頃からブロードウェイ作品に参加し、「One Third of a Nation」(39)で映画デビュー。第2次世界大戦に従軍後、47年ごろからオフブロードウェイで活動し、50年からTVの監督をはじめる。映画では、初監督作「十二人の怒れる男」(57)がベルリン国際映画祭の金熊賞受賞という華々しいスタートを飾り、「未知への飛行」(64)、「質屋」(64)、「丘」(65)などで頭角を現す。「セルピコ」(73)、「狼たちの午後」(75)、「プリンス・オブ・シティ」(81)などニューヨークを舞台にした社会派作品は特に高い評価を受け、「オリエント急行殺人事件」(74)のイングリッド・バーグマンや「ネットワーク」(76)のピーター・フィンチ、フェイ・ダナウェイはオスカーを獲得。自身もアカデミー監督賞に計5回ノミネート、04年に名誉賞を受賞している。私生活では4度の結婚を経験。2011年4月9日、ニューヨークの自宅で悪性リンパ腫による合併症のため死去した。享年86歳。「その土曜日、7時58分」(07)が遺作となった。

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ガブリエラ・ライト

英ロンドン出身。父親は画家で彫刻家のポール・デビッド・ライト。12歳の頃からフランスで生活し、女優デビューした2004年には仏映画「Albert est mechant(原題)」と「One Dollar Curry(原題)」に出演。07年に歴史ドラマ「THE TUDORS 背徳の王冠」で仏王妃クロード・ド・フランスを演じて注目を浴び、14年のホラー映画「The Perfect Husband(原題)」では主演を務める。人気シリーズ第4弾「トランスポーター イグニション」(15)では主要キャストの一人に抜てきされた。

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大川透

キャスト · 知られているのは東京喰種トーキョーグール, ダイヤのA

声優。マウスプロモーション所属。アニメ出演は「機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ」ラスタル・エリオン役、「3月のライオン」幸田柾近役、「クラシカロイド」音羽響吾役、「信長の忍び~伊勢・金々崎篇~」柴田勝家役、「ACCA13区監察課」スペード役、「ジョジョの奇妙な冒険」ナレーション、「ONE PIECE」センゴク役、「ソードアート・オンライン」ヒースクリフ役など多くの作品に出演する。吹き替え出演は「NCIS:LA~極秘潜入捜査班」サム・ハンナ役、「GOTHAM/ゴッサム」ジェラルド・クレイン役、「マトリックス シリーズ」リンク役、「ER緊急救命室」アル・ブレ役などがある。

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エリザベス・テイラー

ロンドン出身。両親はアメリカ人で父は画商、母は元女優。7歳のときにアメリカ・ロサンゼルスへ移住。ユニバーサルと契約を結び、10歳のとき「There's One Born Every Minute」(42)でスクリーンデビュー。MGMに移籍し「緑園の天使」(44)で同スタジオの看板子役になり、リズの愛称で親しまれる。「若草物語」(49)、「陽のあたる場所」(51)、「ジャイアンツ」(56)などに出演し着実にキャリアを積み重ね、57年の「愛情の花咲く樹」でアカデミー主演女優賞初ノミネート。「熱いトタン屋根の猫」(58)、「去年の夏突然に」(59)と連続でノミネートされ、「バタフィールド8」(60)、「バージニア・ウルフなんかこわくない」(66)で主演女優賞を受賞した。私生活では18歳のときヒルトンホテル・チェーン2代目のコンラッド・ヒルトン・Jr.との結婚を皮切りに、「クレオパトラ」(63)などで共演したリチャード・バートンとの2回の結婚を含め合計8回の結婚を経験。エイズ撲滅運動にも尽力した。11年3月23日、うっ血性心不全のため死去。映画では「フリントストーン モダン石器時代」(94)、TV映画「だって女優ですもの!」(01)が女優としての最後の出演作となった。

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山口勝平

キャスト · 知られているのはらんま1/2, DEATH NOTE, 名探偵コナン

劇団「21世紀FOX」で舞台俳優としてキャリアをスタートさせ、1988年にTVアニメ「どんどんドメルとロン」で声優デビュー。翌89年、スタジオジブリの「魔女の宅急便」のトンボ役に抜てきされ、TVアニメ「らんま1/2」(~92)の早乙女乱馬役で初主演を務める。その後も「名探偵コナン」(96~)の工藤新一と怪盗キッド、「ONE PIECE」(99~)のウソップ、「犬夜叉」(01~09)の主人公・犬夜叉、「DEATH NOTE」(06~07)のLなど、人気アニメで主要キャラクターの声を担当。アニメ声優だけでなく洋画吹き替えやナレーターとしても活躍し、イラストレーターとしても活動する。

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イーサイ・モラレス

キャスト · 知られているのはウォー・マシーン: 未知なる侵略者, ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング, ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE

ニューヨークのブルックリンでプエルトリコ出身の両親のもとに生まれる。ニューヨークの芸術高校を卒業後、舞台俳優として活動をスタート。ショーン・ペンと共演した青春映画「バッド・ボーイズ」(83)でスクリーンデビューを果たし、伝説のロックンローラー、リッチー・バレンスの伝記映画「ラ・バンバ」(87)でメインキャストを務めて注目を集める。1997年、エンタメ業界におけるラテン系の地位向上を目的とした組織、ナショナル・ヒスパニック・ファウンデーション・フォー・ジ・アーツ(NHFA)を共同設立。以降も俳優として、人気刑事ドラマシリーズ「NYPDブルー」(01〜~04)や「オザークへようこそ」(17)などのTVドラマを中心に、映画や舞台でも幅広く活躍している。23年、世界的人気スパイアクションシリーズ第7作「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」に出演。

アルマンド・ボーの写真

アルマンド・ボー

プロデューサー · 脚本家 · 知られているのはBarreda, バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

アルゼンチン出身。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の「BIUTIFUL ビューティフル」(10)で同監督とニコラス・ヒアコボーネと共同で脚本を執筆し、スペインのゴヤ賞やシネマ・ライダーズ・サークル賞、米サテライト賞の脚本賞にノミネートされる。監督デビューを果たした「エルヴィス、我が心の歌」(12)では、製作・脚本(ヒアコボーネと共同)・編集も兼ねた。同作は海外の映画祭で高く評価され、アルゼンチンのアカデミー賞でも作品賞にノミネート、アルゼンチン映画批評家協会賞でオリジナル脚本賞を受賞する。その後、イニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(14)の脚本に携わり、アカデミー賞をはじめ、ゴールデングローブ賞や放送映画批評家協会賞などで脚本賞を受賞した。イニャリトゥ監督がメガホンをとるTVシリーズ「The One Percent(原題)」(15)にも制作総指揮・脚本として名を連ねる。

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アレクサンダー・ディネラリス

脚本家 · 知られているのはDIGGER/ディガー, バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

米オフブロードウェイの劇場「ニューヨーク・シアター・ワークショップ」を中心とした、アーティストたちのネットワーク「ユージュアル・サスペクト」のメンバー。舞台演出を学び、1990年代後半に戯曲作家としてキャリアをスタートさせる。ミュージカル劇「Zanna, Don't!」では脚本・作詞に携わり、ドラマ・デスク賞にノミネート。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(14)の脚本に携わり、イニャリトゥ監督、ニコラス・ヒアコボーネ、アルマンド・ボーとともにアカデミー賞をはじめ、ゴールデングローブ賞や放送映画批評家協会賞などで脚本賞を受賞した。イニャリトゥ監督がメガホンをとるTVシリーズ「The One Percent(原題)」(15)にも制作総指揮・脚本として名を連ねる。

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セレステ・オコナー

キャスト · 知られているのはスクリーム7

アメリカ人の父とケニア人の母のもと、ケニアのナイロビに生まれ、米メリーランド州ボルチモアで育つ。医学における最難関校のひとつとして知られるジョンズ・ホプキンズ大学で、公衆衛生学と医学を専攻。映画に初出演した「Wetlands」(17)に続く「君はONLY ONE」(18)でググ・バサ=ロー演じる主人公の10代を演じ、タヤリシャ・ポー監督作「セラとチーム・スペード」(19)では主演のひとりを務める。 1980年代に世界的ブームを巻き起こしたヒット作の続編「ゴーストバスターズ アフターライフ」(21)にラッキー役で参加し、「ゴーストバスターズ フローズン・サマー」(24)でも同役を演じる。 その他の映画出演作に「ザ・スイッチ」(20)、ダコタ・ジョンソン主演のマーベル映画「マダム・ウェブ」(22)など。

ま

ますもとたくや

ますもと たくや(1977年〈昭和50年〉3月7日 - )は、日本の脚本家、小説家、ナレーター、演出家。主な脚本にアニメ『ゾンビランドサガ』『けものフレンズ2』『ONE PIECE』などがある。私立の初芝富田林高等学校卒業。関西大学社会学部マスコミュニケーション学科卒業。血液型はAB型。大学在学中に、俳優升毅主宰の「劇団MOTHER」に入団。解散後、俳優ムロツヨシらとの演劇活動を経て脚本家に。フジテレビ系アニメ『ONE PIECE』のテレビシリーズで脚本家デビューした。フジテレビ系アニメで脚本家として本格デビューして以降、テレビ東京系深夜ドラマ『宇宙犬作戦』や、MBS毎日放送『コドモ警視』、TBS月曜ミステリーシアター『ホワイト・ラボ〜警視庁特別科学捜査班〜』など、テレビドラマを中心に、実写作品の脚本を手掛けることが多い。 2016年(平成28年)、小学館ガガガ文庫にて『マイダスタッチ 〜内閣府超常経済犯罪対策課〜』が出版された。 アメリカンコミックシアター主宰。妻は吉本興業所属タレントで美容ライターの夏花。なお、劇団員時代、ツアーコンダクターのアルバイトの傍ら、国内および一般旅行業務取扱主任者(現旅行業務取扱管理者)資格を取得している。

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ルーファス・シーウェル

キャスト · 知られているのはザ・ディプロマット

英ロンドンのセントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで3年間演技を学び、舞台俳優としてデビュー。活動初期からローレンス・オリビエ賞にノミネートされるなど頭角を現し、95年に「Translations」でブロードウェイデビューを果たす。映画では、91年に「21 Twenty-one」に出演して以降、「マン・オブ・ノー・インポータンス」(94・日本劇場未公開)や「キャリントン」(95)などで徐々に注目を集め、SFスリラー「ダークシティ」(98)で主演を務める。その後は、「ROCK YOU! ロック・ユー!」(01)、「トリスタンとイゾルデ」「幻影師アイゼンハイム」(06)などに重要な役どころで出演。ハリウッド作品に多数出演する一方で、英BBCのドラマ「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」(10)、「パレーズ・エンド」(12)などにも出演する。14年のハリウッド映画「ヘラクレス」(14)では、ドウェイン・ジョンソン演じるヘラクレスとともに戦う勇者アウトリュコスを演じた。

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ジェームズ・ノートン

キャスト · 知られているのはプラダを着た悪魔

英ロンドン出身。幼少期から演劇に親しみ、高校卒業後はスカボローの劇団に所属。ケンブリッジ大学のカレッジでキリスト教神学を学んだ後にネパールを旅し、仏教にも触れる。帰国後、王立演劇学校で本格的に演技を学び、2010年に卒業。卒業直前に端役で参加した「17歳の肖像」(09)が映画初出演作となる。 舞台、TVドラマ、映画でキャリアを重ね、14年には「ターナー、光に愛を求めて」や「ベル ある伯爵令嬢の恋」などの映画や、主演を務めた「グランチェスター 牧師探偵シドニー・チェンバース」(~19)、「ハッピー・バレー 復讐の町」(~23)といったTVシリーズで注目を獲得。 以降の映画出演作に「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」、主演作「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」(ともに19)、シングルファーザーの主人公を演じた「いつかの君にもわかること」(20)、「ボブ・マーリー ONE LOVE」「JOY 奇跡が生まれたとき」(ともに24)などがある。

田中真弓の写真

田中真弓

キャスト · 知られているのはワンピース, 忍たま乱太郎, ドラゴンボールゼット

青山学院女子短期大学卒業。幼稚園の頃から目立ちたがりで[2]、学生時代からは演劇にも打ち込み、学芸祭のクラス公演などで演劇をしていたのをきっかけとして、舞台女優として身を立てる決意を固める。 女優としての活動の場を求めて、文学座、青年座などに応募するも全て不合格[3]。その中で「あなたは背が低いし、小顔で、全てが小作りで舞台栄えしない。妖精や子供など、役柄が限られてしまうから」と言われドッと落ち込んだという[4]。フジテレビのアナウンサー試験にも応募し、最後の5人まで残っていたがこれも不合格となった[3][注 1]。作曲家の鈴木邦彦の下で歌の勉強をしていたこともあった[3]。ある日、東京・渋谷のあるバーの前で歌手募集の広告を見つけ、そのバーで歌うことに。たまたまその店に来たテアトル・エコーの音響に「うちの劇団なんか合っているんじゃないかな、チビばっかりですよ」と勧められ、その付属養成所の試験を受けて合格、短大卒業後はテアトル・エコーに所属[3][4]。 声優として駆け出しの頃だった1978年には、田宮二郎の遺作となった『白い巨塔』の第2回に、財前五郎の講義を受ける医学生役と里見医院の看護婦役で出演している。 現在でも女優が本業であり、舞台[注 2]に立つことが多いが、男児のような低めの声を活かし、アニメなどで声優業の仕事を精力的に行っている一方で、フジテレビの『クイズ!ヘキサゴン』など、ナレーションの仕事も多くこなしている。 時期は不明だが、大橋巨泉事務所(現:オーケープロダクション)に一時所属していた。 1978年に『激走!ルーベンカイザー』(高木涼子)で声優デビュー。同年には人気刑事ドラマ『Gメン'75』の「香港ロケ編」で、事件解決に協力する香港の難民少年役をアテレコで演じた。 1980年代には、島津冴子とラジオ番組『アニメトピア』に2代目パーソナリティーとして出演、少し後に『さすがの猿飛』に揃って出演した。1983年から長期にわたり、『うる星やつら』で女の子でありながら格好も言葉遣いも少年の姿の藤波竜之介役を演じたことで大きく知名度を上げた。 代表作では熱血・元気な少年を演じることが多く、主人公では『ダッシュ勝平』の坂本勝平、『イタダキマン』の孫田空作/イタダキマン、『巨神ゴーグ』の田神悠宇、『魔神英雄伝ワタル』シリーズの戦部ワタル、『とっても!ラッキーマン』のラッキーマン/追手内洋一、『中華一番!』の劉昴星、『ドラゴンボール』のクリリン、『ONE PIECE』のモンキー・D・ルフィ、『忍たま乱太郎』の摂津のきり丸、『ガイキング LEGEND OF DAIKU-MARYU』のツワブキ・ダイヤ、映画『天空の城ラピュタ』のパズーなどがある。『新・おそ松くん』のチビ太は、事実上イヤミと共に主役の位置にあった。 少年役以外にも、声優デビューとなった『激走!ルーベンカイザー』では社長令嬢の高木涼子、『サクラ大戦』では姐御タイプの桐島カンナ、『ぼのぼの』でもショーねえちゃん、など女性の役を複数演じている。現在でもごく稀に演じることがある。 2006年には、CD企画『外道女王』(原作伊豆一彦・脚本伊藤良徳)にて主役を担当した。 テアトル・エコー劇団員で、重度の糖尿病を患っている安西正弘の支援を、島田敏と共に行っている(3人とも同学年でテアトル・エコー出身、田中と島田は同じ青二プロダクション所属)。安西とはNHK教育『おーい!はに丸』(1983年-1989年)での「はに丸」と「ひんべえ」、『うる星やつら』(1983年-1991年)での「藤波竜之介」親娘など、共演機会が長かった。 2011年に第5回声優アワード「高橋和枝賞」を受賞[5]。 2012年に伊倉一恵、竹田えり、高乃麗と共に演劇ユニット『コーネンキーズ』を結成。 2013年に第7回声優アワード「キッズ・ファミリー賞」を受賞[6]。 2017年1月9日、テレビ朝日にて放映された『人気声優200人が本気で選んだ!声優総選挙!3時間SP』で第6位に選ばれる[7]。 息子はパフォーマーのこ〜すけ。