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アルフレッド・ヒッチコック
キャスト · 監督 · 知られているのはThe Alfred Hitchcock Hour, Robert Montgomery Presents, めまい
“サスペンスの帝王”と称され、後世に多大な影響を与えた映画監督。英ロンドン・イーストエンドの青果物店に生まれ、エンジニアとして働いた後、無声映画の字幕デザイナーとして映画業界に入る。23年、「Always Tell Your Wife(原題)」の監督が降板したため、作品を引き継ぎ完成させる。「快楽の園」(25・日本劇場未公開)で監督デビュー。 イギリス初のトーキー映画「ヒッチコックのゆすり」(29・日本劇場未公開)や「殺人!」(30)あたりからスリラー、サスペンスに傾倒し、「暗殺者の家」(34)、「三十九夜」(35)、「バルカン超特急」(38)などを監督する。「巌窟の野獣」(39)を最後に英国を離れ、米国に渡る。ハリウッド1作目「レベッカ」(40)はアカデミー作品賞を受賞した。50年代から60年代にかけて「見知らぬ乗客」(51)、「裏窓」(54)、「ハリーの災難」(55)、「めまい」(58)、「北北西に進路を取れ」(59)、「サイコ」(60)、「鳥」(63)と傑作を次々と世に送り出す。 映画監督として活躍する一方で、TV「ヒッチコック劇場」(55~61)のプレゼンターとしても幅広く知られた。80年4月29日、腎不全のため永眠。「ヒッチコックのファミリー・プロット」(76)が遺作となった。26年に結婚したアルマ・レビルは、初期の作品で脚本を手がけている。

キャスリン・ビグロー
監督 · 知られているのはハート・ロッカー
米サンフランシスコで画家としてキャリアをスタートさせ、コロンビア大学の大学院で映画学について学ぶ。1982年、モンティ・モンゴメリーと共同で「ラブレス」を監督し、87年「ニア・ダーク 月夜の出来事」で単独監督に挑む。その後、当時の夫ジェームズ・キャメロンが製作総指揮を務めた「ハートブルー」(91)をはじめ、「ストレンジ・デイズ 1999年12月31日」(95)や「K-19」(02)といったアクション映画で才能を発揮。イラクで爆弾処理にあたる米兵士を描いた「ハート・ロッカー」(09)では、アカデミー賞で女性初の監督賞を受賞し、作品賞にも輝いた。以降はアメリカ社会の暗部をテーマに据え、ビンラディン暗殺作戦の裏側を描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」(12)でも高い評価を獲得。メキシコ麻薬戦争のドキュメンタリー「カルテル・ランド」(15)の製作総指揮を経て、「デトロイト」(17)では黒人差別に端を発した67年の暴動と、その裏で起きた実際の事件を描いた。

ローラ・ダーン
キャスト · 知られているのはジュラシック・パーク, ジュラシック・ワールド/新たなる支配者, ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語
父は俳優のブルース・ダーン、母は女優のダイアン・ラッド。2歳の時に両親が離婚し、母親に育てられる。ラッドが出演した「白熱」(1973)に端役で顔を出し、その後、リー・ストラスバーグ・シアター・インスティテュートと英・王立演劇学校で演技を学ぶ。1980年の「フォクシー・レディ」で本格的なデビューを果たし、85年の「マスク」でロサンゼルス映画批評家協会賞のニュー・ジェネレーション賞を受賞。デビッド・リンチ監督の「ブルーベルベット」(86)で脚光を浴び、続く「ワイルド・アット・ハート」(90)では主演を務めた。母ラッドと共演した「ランブリング・ローズ」(91)では、自身がアカデミー主演女優賞にノミネートされただけでなく、ラッドも助演女優賞の候補となった。同一作品に出演した母娘がそろってノミネートされたのはオスカー史上初だったが、ふたりとも受賞は逃した。その後は、大ヒット作「ジュラシック・パーク」(93)とシリーズ第3弾「ジュラシック・パークIII」(01)といった大作でも活躍し、06年にはリンチ監督の「インランド・エンパイア」に主演。「わたしに会うまでの1600キロ」(14)でアカデミー助演女優賞ノミネートされた。近年の主な出演作に「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」(17)、TVシリーズ「ツイン・ピークス The Return」(17)、「ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏」(18)、「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」(19)など。Netflix映画「マリッジ・ストーリー」(19)では、主人公ニコールをサポートする女性弁護士を演じ、アカデミー助演女優賞を受賞した。

チョン・ドヨン
キャスト · 知られているのはもしもの愛
韓国・ソウル出身、ソウル芸術専門大学放送演芸科卒。 1990年にCMでデビューし、モデルとして活動を開始。TVドラマ「われらの天国」(92)で韓流四天王のひとりであるチャン・ドンゴンとともに俳優デビューする。TVドラマで着々とキャリアを積み、映画初出演となる「接続 ザ・コンタクト」(97)で大鐘賞映画祭や青龍映画賞で新人女優賞を受賞。翌年、映画「約束」で百想芸術大賞(映画部門)の女性最優秀演技賞を受賞すると、「我が心のオルガン」「ハッピーエンド」(ともに99)、「私にも妻がいたらいいのに」(01)、「初恋のアルバム 人魚姫のいた島」(04)、「ユア・マイ・サンシャイン」(05)で数々の主演女優賞を受賞し、韓国国内で演技派女優として注目される。 2007年にはイ・チャンドンが監督・脚本を手がけた「シークレット・サンシャイン」で韓国人として初めてカンヌ国際映画祭の主演女優賞を受賞。その後も、韓国映画界の名作「下女」(1960)をリメイクした官能サスペンス「ハウスメイド」(10)や、コン・ユと共演したラブストーリー「男と女」(16)、曽根圭介の同名小説を韓国で映画化したクライムサスペンス「藁にもすがる獣たち」(20)など幅広いジャンルの作品に出演。23年は配信映画「キル・ボクスン」で凄腕の殺し屋という裏の顔をもつシングルマザー、TVドラマ「イルタ・スキャンダル 恋は特訓コースで」で年下男性と恋に落ちる訳ありシングルマザー役を演じた。