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チョン・ジヒョン

キャスト · 知られているのはコロニー/群体

韓国・ソウル出身。本名ワン・ジヒョン、英語名Gianna Jun。 1997年、ファッション誌のモデルとして芸能活動を開始。TVドラマ「思春期」を経て、「私の心を奪ってみて」(98)で本格的に女優デビューする。最高視聴率39.8%を記録したTVドラマ「Happy Together」(99)で頭角を現すと、映画デビュー作「ホワイト・バレンタイン」で第35回百想芸術大賞新人女優賞(映画部門)を受賞。イ・ジョンジェと共演した「イルマーレ」(00)は、ハリウッドでキアヌ・リーブスとサンドラ・ブロック主演でリメイクされた。 2001年には韓国で大ヒットしたラブコメディ「猟奇的な彼女」で大鐘賞女優主演賞を受賞。人気を博した同作は、日本でTVドラマ化、ハリウッドでリメイクされた。クァク・ジェヨン監督と再び組んだ「僕の彼女を紹介します」(04)は、日本で興行収入20億円を超えるヒットを記録する。06年、香港のアンドリュー・ラウ監督がメガホンをとったラブサスペンス「デイジー」で主演を務め、香港・仏合作のアクションホラー「ラスト・ブラッド」(09)で海外進出。ウェイン・ワン監督作「雪花と秘密の扇」(11)に出演し、その後も「10人の泥棒たち」(12)や「ベルリンファイル」(13)などの大ヒット作に出演した。 14年ぶりのTVドラマ復帰作「星から来たあなた」(13)は韓国で最高視聴率33.2%となる大成功を収め、第50回百想芸術大賞のテレビ部門で大賞を受賞した。映画「暗殺」(15)、TVドラマ「青い海の伝説」(16)に出演後、第2子を出産し育児に専念。21年にTVドラマ「キングダム」(19~20)の特別エピソード「キングダム アシンの物語」、TVドラマ「智異山(チリサン) 君へのシグナル」で復帰を果たした。

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IU

キャスト · 知られているのは21世紀の大君夫人

韓国出身の歌手、作詞作曲家、俳優。 中学生の時に歌手を志し、2008年に15歳で歌手デビュー。音楽番組やラジオ出演で徐々に人気を獲得し、韓国では「国民の妹」と称されるようになる。11年にペ・ヨンジュンと敏腕プロデューサーとして知られるJ・Y・Parkが企画した青春ドラマ「ドリームハイ」で俳優デビューし、同年には自身が作曲を手掛けた曲「私の手をとって」がTVドラマ「最高の愛 恋はドゥグンドゥグン」のOSTに起用された。以降、歌手活動と俳優業を並行し、TVドラマ初主演を飾った「最高です!スンシンちゃん」やチャン・グンソクと共演した「キレイな男」(ともに13)、「プロデューサー」(15)、「麗(レイ) 花萌ゆる8人の皇子たち」(16)、「マイ・ディア・ミスター 私のおじさん」(18)、「ホテルデルーナ 月明かりの恋人」(19)など数々のTVドラマに出演する。 19年に映画初主演となる短編作品「ペルソナ 仮面の下の素顔」に出演し、その後も映画「夜明けの詩」(21)や是枝裕和監督作「ベイビー・ブローカー」(22)でも主要キャストを務める。25年にはパク・ボゴムと初共演したTVドラマ「おつかれさま」に出演した。 当初、俳優活動時は本名のイ・ジウンを使用していたが、2023 年 3 月以降は IU 名義に統 一すると発表している。

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ロジャー・コーマン

“B級映画の帝王”の異名をとり、ハリウッドに多大な影響を与えた映画人。自伝「私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか」(90)の題名どおり、低予算・早撮りで大量の作品を世に送り出し、かつ利益を生み出した。初めて売れた脚本による映画「Highway Dragnet(原題)」(54)には、共同製作者としても名を連ねる。「ファイブ・ガン あらくれ五人拳銃」(55)で監督デビュー。その後15年間で約50作品のメガホンをとり、その多くは独立系スタジオ「アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ(AIP)」から発表された。わずか2日で撮影された「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」(60・日本劇場未公開)をはじめ、「血まみれギャングママ」(70・日本劇場未公開)や「デス・レース2000年」(75/製作)は今でもカルト的な人気を誇る。「レッド・バロン」(71)の後、監督業から手を引いてプロデューサーとして活躍。キャリアを通して約400本の製作に携わる。配給会社「ニュー・ワールド・ピクチャーズ」を設立し、イングマール・ベルイマン(スウェーデン)や黒澤明、フェデリコ・フェリーニ(イタリア)の作品を米国で公開した。コーマンの現場“コーマン学校”からは、フランシス・フォード・コッポラ、ジョナサン・デミ、ジェームズ・キャメロン、マーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロ、ジャック・ニコルソンといった大物が輩出されている。

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リース・ウィザースプーン

キャスト · プロデューサー · 知られているのはキューティ・ブロンド, モンスターVSエイリアン, SING/シング

幼少より子役としてTVを中心に活躍し、1992年に「マン・イン・ザ・ムーン あこがれの人」(日本劇場未公開)で映画デビュー。その後は「カラー・オブ・ハート」(98)や「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ」(99)などに出演し、01年の「キューティー・ブロンド」と02年の「メラニーは行く!」が連続して大ヒットを記録しスター女優となる。見事な歌声を披露した「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」(05)で、アカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ賞最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル)などを受賞。14年、製作と主演を兼ねた「ワイルド(原題)」で2度目のアカデミー主演女優賞ノミネートを果たした。私生活では、「クルーエル・インテンションズ」(99)で共演したライアン・フィリップと結婚し長女と長男をもうけたが、06年に離婚。11年にハリウッドの大手エージェンシーに勤めるジム・トスと再婚し、翌12年には第3子となる男児を出産した。

リチャード・ギアの写真

リチャード・ギア

キャスト · 知られているのはジャッカル, 運命の女

マサツーセッツ大学で哲学と演劇を専攻していたが、中退し、役者の道へ。舞台で経験を重ねながら、チャンスを待ち続け、75年「ニューヨーク麻薬捜査線」で映画デビュー。そして78年テレンス・マリック監督の「天国の日々」に主演し注目を浴び、80年の「アメリカン・ジゴロ」で人気スターへ。以降、「愛と青春の旅立ち」、「コットン・クラブ」「プリティ・ウーマン」「ジャッカル」など幅広い話題作に出演し、トップスターとして活躍している。私生活では91年にスーパー・モデル、シンディ・クロフォードと結婚し、95年に離婚。02年に女優のキャリー・ローウェルと再婚した。熱心なラマ教徒としても有名。

イーサン・ホークの写真

イーサン・ホーク

キャスト · 知られているのはローダウン 独自調査ファイル, トレーニング デイ, いまを生きる

元々は作家を志していたが中学時代に演劇を始め、プレストン大学にある劇団「マッカーター・シアター」で演技のレッスンを受けたことから俳優の道に進むことを決意。1985年、ジョー・ダンテ監督作「エクスプロラーズ」でデビューする。その後、学業に専念しカーネギーメロン大学に進むも、ピーター・ウィアー監督作品「いまを生きる」(89)でブレイクしたため、大学を退学し本格的に俳優の道へ進んだ。 以後、「生きてこそ」(94)や「ガタカ」(97)などで主演を務め、リチャード・リンクレイター監督作「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」(95)も人気を博す。また、同シリーズの続編「ビフォア・サンセット」(04)、「ビフォア・ミッドナイト」(13)では出演のほか共同脚本も手がけ、アカデミー脚色賞の候補となった。 アントワン・フークア監督の「トレーニング デイ」(01)とリンクレイター監督と12年にわたる撮影に参加した「6才のボクが、大人になるまで。」(14)で、アカデミー助演男優賞にノミネートされた。 その後も、チェット・ベイカーを演じた「ブルーに生まれついて」(15)や「マグニフィセント・セブン」(16)などで実力派として活躍し 、25年には再びリンクレイター監督と組んだ「ブルームーン」で伝説的作詞家ロレンツ・ハートを好演。第98回アカデミー賞で自身初の主演男優賞ノミネートを果たした。 私生活では、映画「ガタカ」で共演したユマ・サーマンと98年に結婚し(04年に離婚)、娘のマヤ・ホーク、息子のレボン・ホークも俳優として活躍している。

ジェニファー・アニストンの写真

ジェニファー・アニストン

キャスト · 知られているのはフレンズ

10代より演劇に興味を持ち、高校はニューヨークのハイスクール・オブ・パフォーミング・アーツの演劇科に入学。卒業後は主にオフ・ブロードウェイの舞台に立ち、演技を磨く。89年TVシリーズ「Molly」でレギュラーを獲得。そして、93年大ヒットTVシリーズ「フレンズ」に出演し、スターの地位を確立する。その後は「フレンズ」出演する傍ら、エドワード・バーンズ監督の「彼女は最高」などに出演し、演技の幅を広げる。02年の「グッド・ガール」ではインディペンデント・スピリット・アワードにノミネートされた。私生活では00年にブラッド・ピットと結婚するも、05年に離婚し、世間を賑わせた。

デニス・クエイドの写真

デニス・クエイド

キャスト · 知られているのはThe Florist, ファミリー・ゲーム/双子の天使, サブスタンス

高校時代から演劇やダンスを学ぶ。ヒューストン大学に進学したが、映画のキャリアを積むために中退し、俳優の兄ランディ・クエイドを頼ってロサンゼルスへ。青春映画「ヤングゼネレーション」(79)や群像ドラマ「ライトスタッフ」(83)で注目を浴び、「トラフィック」や「オーロラの彼方へ」(ともに00)などに出演。「エデンより彼方に」(02)でゴールデングローブ賞の最優秀助演男優賞にノミネートされた。その後の出演作に「デイ・アフター・トゥモロー」(04)、「バンテージ・ポイント」(08)、「ニュースの真相」(15)、「僕のワンダフル・ライフ」(17)など。私生活では、「ウィニング・シーズン 勝利の季節」で共演したP・J・ソールズとの結婚・離婚後、「ジョーズ3」で共演したリー・トンプソンと婚約するも破局、メグ・ライアンと再婚し息子ジャック・クエイド(後に俳優デビュー)が誕生したが離婚に至った。04年に一般女性と結婚して双子をもうけた。

ジュリア・ロバーツの写真

ジュリア・ロバーツ

キャスト · 知られているのはノッティングヒルの恋人, 終わらない週末, オーシャンズ11

両親が演劇学校を経営していた影響で、幼少時より演技に興味を持つ。86年、兄のエリック・ロバーツ主演の「ブラッド・レッド 復讐の銃弾」(全米公開は89年、日本劇場未公開)で初めて映画に出演し、88年の「ミスティック・ピザ」や「サティスファクション」(日本劇場未公開)で注目される。89年の「マグノリアの花たち」でアカデミー助演女優賞にノミネート。翌90年の「プリティ・ウーマン」が大ヒットを記録し、アカデミー主演女優賞にもノミネートされたことで、、名実ともにトップスターになった。以降、「ペリカン文書」(93)、「ベスト・フレンズ・ウェディング」(97)、「ノッティングヒルの恋人」(99)などで活躍し、00年の「エリン・ブロコビッチ」ではタイトルロールを演じ、アカデミー主演女優賞を受賞。その後も「ザ・メキシカン」(01)、「オーシャンズ11」(01)と続編「オーシャンズ12」(04)などの話題作に出演し、近年では「デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく」(09)や「食べて、祈って、恋をして」(11)などで主演を務める。13年の「8月の家族たち」で2度目のアカデミー助演女優賞候補になった。私生活では、「ザ・プレイヤー」(92)で共演した俳優ライル・ラベットと93年に結婚したが95年に離婚。02年に「ザ・メキシカン」のカメラマン、ダニー・モダーと再婚し、04年に双子の男女、07年に次男を出産した。女優のエマ・ロバーツは姪。

ゲイリー・オールドマンの写真

ゲイリー・オールドマン

キャスト · 知られているのは窓際のスパイ, ダークナイト・ライジング, バットマン ビギンズ

ロンドンの演劇学校を卒業後、地方劇団に入団。舞台俳優としての活動を始め、ロイヤル・コート・シアターに参加。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーとも共演するなどして活躍し、数々の賞を得る。1986年の「シド・アンド・ナンシー」で映画デビュー。「クリミナル・ロウ」(89)でアメリカに進出し、「JFK」ではケネディ暗殺犯のオズワルド役で注目を集める。以降も「ドラキュラ」「レオン」「フィフス・エレメント」など、狂気に満ちた悪役を演じれば一際強い印象を残し、そのアクの強さと演技力に裏付けられた強烈なキャラクターに扮してハリウッドにインパクトを与え続ける。97年の「ニル・バイ・マウス」では監督デビューを果たし、見事な手腕で高い評価を受けた。ファンタジー大作「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」(04)ではメイン・キャラクターの一人に起用され、話題に。クリストファー・ノーラン監督によるバットマン・シリーズではゴードン警部補を演じた。2011年の「裏切りのサーカス」でアカデミー賞主演男優賞に初ノミネート。そして「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(17)で、ついにアカデミー賞主演男優賞に輝いた。私生活は波瀾に富み、女優レスリー・マンヴィルとの間に一児をもうけるも離婚。次に結婚したユマ・サーマンとは2年で破局。イザベラ・ロッセリーニとも一時期同棲していた。その後、2度の結婚を経て、作家でアート・キュレーターのジゼル・シュミットと2017年に結婚した。

テレンス・スタンプの写真

テレンス・スタンプ

キャスト · 知られているのはヤング・スーパーマン

英ウェバー・ダグラス・アカデミー・オブ・ドラマティック・アートでトレーニングを受け、演劇からキャリアをスタート。映画デビュー作の「奴隷戦艦」(62)でアカデミー助演男優賞にノミネート、続く「コレクター」(63)ではカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞し、一躍スターになる。以降、「唇からナイフ」(66)や「夜空に星のあるように」(67)、「テオレマ」(68)といった作品で活躍し、私生活ではジュリー・クリスティやジーン・シュリンプトンとの交際が話題になった。その後は「スーパーマン」(78)、「スーパーマンII 冒険篇」(80)の悪役ゾッド将軍以外に目立った活躍はなかったが、「プリシラ」(94)でドラァグクイーンを演じ、再び注目を集めた。スティーブン・ソダーバーグ監督作「イギリスから来た男」(99)で主演を務めたほか、「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」(99)、「ワルキューレ」(08)といった大作にも参加する。

アマンダ・サイフリッドの写真

アマンダ・サイフリッド

キャスト · 知られているのはTIME/タイム, ハウスメイド, テッド2

11歳からモデルの仕事を始め、2000年にTVドラマで女優デビュー。「ミーン・ガールズ」(04)で映画に初出演した後、人気TVシリーズ「ヴェロニカ・マーズ」や「ビッグ・ラブ」などに出演する。ABBAのヒット曲で構成されたブロードウェイ・ミュージカルを映画化した「マンマ・ミーア!」(08)が大ヒット。以降、恋愛映画「親愛なるきみへ」や「ジュリエットからの手紙」(10)、SFサスペンス「TIME タイム」(11)など主演映画が相次ぐ。大ヒットミュージカル映画「レ・ミゼラブル」(12)では、主人公ジャン・バルジャンに育てられた少女コゼット役で美声を披露した。その後も、R指定コメディ「テッド2」(15)でヒロイン役を演じ、「あなたの旅立ち、綴ります」(16)では出演と製作総指揮を兼ねた。近年の出演作に「マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー」(18)、TVシリーズ「ツイン・ピークス The Return」(17)など。私生活では、オフブロードウェイ劇で共演したトーマス・サドスキーと17年に結婚した。

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ソン・スンホン

キャスト · 知られているのはThree Guys and Three Girls

1995年にモデルとして活動を開始し、翌年に青春シットコム「男女6人恋物語」でモデル仲間のソ・ジソブと共にTVドラマデビュー。高視聴率を記録したTVドラマ「あなた、そして私」(97)や「Happy Together」(99)に出演し、ファンタジックラブストーリー「ホワイトクリスマス 恋しくて、逢いたくて」(99)でスクリーンデビューする。 2000年に、韓流ブームの草分け的ドラマともいえるユン・ソクホ監督による「四季シリーズ」の第1作「秋の童話」で大ブレイクすると、第3作「夏の香り」(03)でも主演を飾り、スターとしての地位を固める。人気が高まる中、04年から2年間兵役に就き、映画「宿命」とTVドラマ「エデンの東」(ともに08)で復帰する。 世界的大ヒットを記録した映画「ゴースト ニューヨークの幻」(90)の日本版リメイク「ゴースト もういちど抱きしめたい」(10)では松嶋菜々子と共演し、日本映画にも進出。以降は、ジョン・ウー監督による名作「男たちの挽歌」(86)の韓国版リメイク「男たちの挽歌 A BETTER TOMORROW」(10)や、自身初の大胆なベッドシーンに挑んだ「情愛中毒」(14)、イ・ジェハン監督作で中国人俳優リウ・イーフェイと共演した「第3の愛」(16)、日本でもリメイクされた人気シリーズ「ボイス 112の奇跡」(17~21)のシーズン4などに出演。24年にはサスペンススリラー「秘顔 ひがん」で、キム・デウ監督とチョ・ヨジョンと「情愛中毒」以来10年ぶりに再タッグを組んだ。

ジョーダン・ベルフォートの写真

ジョーダン・ベルフォート

キャスト · 知られているのはForensic Justice

26歳の時に証券会社ストラットン・オークモントを設立し、ウォール街で巨万の富を築き上げるが、証券詐欺とマネーロンダリングの罪に問われ服役。この顛末をつづった自伝「ウォール街狂乱日記―『狼』と呼ばれた私のヤバすぎる人生」(文庫版タイトルは「ウルフ・オブ・ウォールストリート」)が、13年にマーティン・スコセッシ監督によって映画化される。映画ではレオナルド・ディカプリオがベルフォート役を演じ、ゴールデングローブ賞のコメディ/ミュージカル部門の最優秀主演男優賞を受賞、アカデミー主演男優賞にもノミネートされた。現在は、自身の経験をもとに、マーケティングやセールスといったビジネスに関する講演を世界各地で行っている。

ダン・エイクロイドの写真

ダン・エイクロイド

キャスト · 知られているのはゴーストバスターズ, ピクセル, インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説

カナダ・オタワ出身。カールトン大学を退学し、米シカゴが本拠の即興劇団「セカンド・シティ」のトロント支部に所属。子ども向け番組での活躍をきっかけに、1975年にスタートしたコメディ番組「サタデーナイト・ライブ(SNL)」にレギュラー出演し、脚本家チームの一員として77年のエミー賞を受賞する。77年に「ダン・アイクロイドのひと目惚れ」(日本劇場未公開)で映画デビュー。SNLでジョン・ベルーシと演じた人気キャラクター、ジェイク&エルウッド・ブルースを映画化したミュージカルコメディ「ブルース・ブラザース」(80)に主演する。元来の超常現象好きで、大ヒットコメディ「ゴーストバスターズ」(84)の脚本を、共演のハロルド・ライミスとともに執筆。続編「ゴーストバスターズ2」でも脚本・主演を兼ね、16年に女性キャストでリブートした「ゴーストバスターズ」にもカメオ出演する。ブルース・ベレスフォード監督の「ドライビング・MISS・デイジー」(89)でアカデミー助演男優賞にノミネート。ホラーコメディ「絶叫屋敷へいらっしゃい」で初メガホンに挑み、脚本・主演も務めた。私生活では、映画「ダン・アイクロイドの Dr.デトロイトを探せ!」(83・日本劇場未公開)で共演した女優ドナ・ディクソンと結婚し、娘を3人もうけた。

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ローレン・バコール

キャスト · 知られているのは求婚専科

モデルとしてハーパース・バザー誌の表紙を飾ったところ、ハワード・ホークス夫人の目に留まり、19歳のときにホークス監督作「脱出」(44)で女優デビューを果たす。同作で共演した25歳年上のハンフリー・ボガートと恋に落ち、45年に結婚し、その後「キー・ラーゴ」(48)、「三つ数えろ」(55)でも共演した。“ザ・ルック”と呼ばれた上目遣いの視線とハスキーボイス、知的な美貌の元祖クールビューティとしてハリウッドの黄金時代を代表する女優となった。そのほかの出演作に「百万長者と結婚する方法」(53)、「オリエント急行殺人事件」(74)、「ドッグヴィル」(04)などがある。60年代以降はブロードウェイでも活躍し、70年のミュージカル「Applause(原題)」でトニー賞女優賞を受賞。また、78年に出版した自伝「私一人(By Myself)」はベストセラーになった。09年には、長年の功績に対してアカデミー名誉賞を受賞した。私生活では、57年にボガートがガンで死去するまで連れ添い、ふたりの子どもをもうけた。61年に俳優ジェイソン・ロバーズと再婚したが69年に離婚。ロバーズとの間に生まれた息子のサム・ロバーズも俳優になった。

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チョン・ウソン

キャスト · 知られているのはメイド・イン・コリア

韓国・ソウルの下町出身で、高校を中退してアルバイトで生計を支えていたところをスカウトされ、芸能界入り。モデルとして活動後、1994年に映画「KUMIHO 千年愛」でスクリーンデビューを飾り、翌年に出演したドラマ「アスファルトの男」で百想芸術大賞(ドラマ部門)新人男優賞を受賞する。アウトローな役を演じた青春映画「ビート」(97)と、イ・ジョンジェと共に主演した映画「太陽はない」(98)で注目を集め、ブレイクする。 ソン・イェジンと共演した映画「私の頭の中の消しゴム」(04)が2005年に日本で公開され、大ヒットを記録。映画「パラサイト 半地下の家族」(20)に抜かれるまで、日本で公開された韓国映画史上1位の興行収入を約15年間保持していた。ソン・ガンホとイ・ビョンホンと共に主演を務めた映画「グッド・バッド・ウィアード」(08)は当時の韓国で観客動員数1位を獲得。2010年には中国・香港・台湾合作の映画「レイン・オブ・アサシン」でミシェル・ヨーらと共演した。その後は映画「監視者たち」(13)、「アシュラ」(16)などを経て、「無垢なる証人」(19)での演技が高い評価を得て、青龍映画賞主演男優賞を受賞する。 22年にイ・ジョンジェが初監督を務めた映画「ハント」で再びイ・ジョンジェと共に主演し、同年に自身も映画「ザ・ガーディアン 守護者」で監督デビューを果たす。23年には自身初となる観客動員数1000万人超えを記録した大ヒット映画「ソウルの春」や、日本の名作ドラマをリメイクしたTVドラマ「愛していると言ってくれ」に出演している。

ティア・レオーニの写真

ティア・レオーニ

キャスト · 知られているのはマダム・セクレタリー, スパングリッシュ 太陽の国から来たママのこと

米ニューヨーク出身。サラ・ローレンス大学を中退し、TVシリーズ「Santa Barbara」(89)で俳優デビューする。映画「スウィッチ 素敵な彼女?」(91)や「プリティ・リーグ」(92)の端役を経て、マイケル・ベイ監督作「バッドボーイズ」(95)でブレイク。以降、パニック大作「ディープ・インパクト」(98)で主要キャストを務め、ラブ・メルヘン「天使のくれた時間」(00)ではニコラス・ケイジの恋人役を演じる。その他の出演作にウッディ・アレン監督作「さよなら、さよならハリウッド」(02)、「スパングリッシュ 太陽の国から来たママのこと」(04)、「オー!マイ・ゴースト」(08)、「ペントハウス」(11)など。TVシリーズ「マダム・セクレタリー」(14~19)では政治家・母・妻の3役をこなす女性国務長官の主人公を演じた。私生活では97年に結婚した俳優のデビッド・ドゥカブニーとの間に2人の子供がいる。

リード・スコットの写真

リード・スコット

キャスト · 知られているのはヴェノム, ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ, ヴェノム:ザ・ラストダンス

米ニューヨーク州オールバニ出身。シラキュース大学で演劇と映画を学び、卒業後の2002年からTVドラマや映画に出演しはじめる。「My Boys」(06〜10)や「キャシーのbig C いま私にできること」(10〜11)など、TVシリーズを中心に活躍していたが、政治コメディドラマ「Veep ヴィープ」(12〜19)の演技で高い評価を受け、リース・ウィザースプーン主演のロマンティックコメディ「ホーム・アゲイン」(17)など、映画に出演する機会を徐々に増やす。18年、スパイダーマンの宿敵として知られるマーベルコミックの人気キャラクターを映画化した「ヴェノム」でヒロインの恋人ダン・ルイス役に抜てきされ、続く「ヴェノム レット・ゼア・ビー・カーネイジ」(21)でも同役を務めた。その他の映画出演作に「ブラック アンド ブルー」(19)など。

ビル・キャンプの写真

ビル・キャンプ

キャスト · 知られているのはノクターン, ジョーカー, Matchbox ザ・ムービー

米マサチューセッツ州出身。バーモント大学を経て、ニューヨークの名門ジュリアード音楽院を1989年に卒業。翌90年に「運命の逆転」でスクリーンデビューを果たすも、以降20年ほどはブロードウェイなどの舞台を中心に活躍する。2012年に出演した映画「リンカーン」がアカデミー作品賞の候補となり、それ以降の「それでも夜は明ける」(13)、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(14)は同賞を受賞。「バイス」(18)、「ジョーカー」(19)も同賞にノミネートされ、実力派バイプレーヤーとしての認知度を徐々に高める。16年にはTVミニシリーズ「ナイト・オブ・キリング 失われた記憶」でエミー賞助演男優賞の候補となったほか、舞台「るつぼ」でトニー賞の演劇助演男優賞にもノミネートされた。私生活では2004年に女優のエリザベス・マーベルと結婚、一児をもうけている。

夏川結衣の写真

夏川結衣

女性ファッション誌「non-no」のモデルやユニチカ水着キャンペンガールを経て、TVドラマ「愛という名のもとに」(92)で女優として活動を始める。TVドラマに多数出演する一方、1993年の「空がこんなに青いわけがない」で映画デビュー、「夜がまた来る」(94)で初主演を務めた。その後、映画「私たちが好きだったこと」(97)や、北野武監督・主演の「座頭市」(03)、是枝裕和監督の「DISTANCE ディスタンス」(01)や「歩いても 歩いても」(08)、「孤高のメス」(10)などで活躍。近年の出演作に山田洋次監督作「東京家族」(12)や「家族はつらいよ」(16)シリーズ、「64 ロクヨン 前編」「後編」(ともに16)などがある。TVドラマ「青い鳥」(97)と「ネット・バイオレンス」(00)で放送文化基金女優演技賞を受賞した。

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ブラッド・ピット

キャスト · Executive Producer · 知られているのはイングロリアス・バスターズ, ベンジャミン・バトン 数奇な人生, オーシャンズ11

米ミズーリ州で育つ。大学卒業を目前にロサンゼルスに移住しグラフィックデザインを学んでいたが、演劇の道に進むためロイ・ロンドンに師事。TV出演を経て、1989年に映画デビューした。「テルマ&ルイーズ」(91)で脚光を浴び、「リバー・ランズ・スルー・イット」(92)などの作品で頭角を現し、「セブン」(95)、「ファイト・クラブ」(99)で幅広い層のファンを獲得する。「12モンキーズ」(95)でアカデミー助演男優賞、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(08)、「マネーボール」(11)で同主演男優賞にノミネートされた。近年は自身の製作会社プランBエンタテインメントでプロデューサー業にも力を入れており、製作と出演を兼ねた「それでも夜は明ける」(13)、製作総指揮を務めた「ムーンライト」(16)がアカデミー作品賞を受賞している。クエンティン・タランティーノ監督作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(19)ではアカデミー助演男優賞を受賞、俳優として初のオスカー像を手にした。私生活では05年に女優のジェニファー・アニストンと結婚したが5年後に離婚。「Mr.&Mrs.スミス」(05)で共演したアンジェリーナ・ジョリーと04年から長年パートナー関係にあり、14年に結婚したが、16年に離婚した。

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ジェームズ・アール・ジョーンズ

キャスト · 知られているのはライオン・キング, Garfield and Friends

米ミシシッピ州出身。ミシガン州立大学で演劇を専攻し、21歳のときにニューヨークでリー・ストラスバーグに師事する。オフブロードウェイで俳優としてのキャリアをスタートさせ、スタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(64)で映画に初出演。ブロードウェイ劇「The Great White Hope」(69)でトニー賞主演男優賞に輝き、同作を映画化した「ボクサー」(70)でアカデミー男優賞の候補となった。「スター・ウォーズ」のオリジナル・トリロジー(77~83)でダース・ベイダーの声を担当し、「スター・ウォーズ エピソード3 シスの逆襲」(05)や、「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」(16)でも同役を担当。ディズニーの「ライオン・キング」では、94年の長編アニメ版、19年のCG映画版の両方で主人公シンバの父ムファサ役の声を務めた。その他の出演映画に、「フィールド・オブ・ドリームス」(89)、「レッド・オクトーバーを追え!」(90)にはじまる“ジャック・ライアン”シリーズなどがある。

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ポール・ベタニー

キャスト · 知られているのはヴィジョンクエスト, アイアンマン3, アイアンマン

芸能一家に生まれ、英ロンドンのドラマ・センターを卒業後、ウェストエンドで舞台俳優としてキャリアをスタート。1997年の「ベント 堕ちた饗宴」(97)で映画デビュー。「ROCK YOU!ロック・ユー!」(01)でハリウッドに進出し、「ビューティフル・マインド」(01)や「マスター・アンド・コマンダー」(03)、「ダ・ヴィンチ・コード」(06)などで広く知られるようになる。マーベル映画「アイアンマン」シリーズ(08~13)などで人工知能ジャービスの声を担当し、「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」(15)以降はジャービスが進化した人造人間ヴィジョン役を演じる。「スター・ウォーズ」シリーズのアナザーストーリーを描く「ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー」(18)にも出演する。私生活では、「ビューティフル・マインド」で共演したジェニファー・コネリーと03年に結婚した。